めぐろのブログ

うたぷりについて語りたいことがある

LOST ALICE 感想

Twitterで壁打ちしてたんですけど、ながくなりそうなのでこっちで喋ります。

今回は未だかつてなく「役」として捉えられる仕組みなのがいいなと思いました。それと、アイドルの個人的な経緯や素性や性質を重ね合わせるのは完全にこっちの都合
いつもそのはずなんだけど、今回は今までで一番、演じているんだなと伝わって来たのが最大の特色で、個人的に一番感動したところ

だから彼らの何を、どこを重ねても勘繰りですよね

その上でなっちゃんカミュ様がお茶会を頻繁にして距離感と空気感を測ったり得たりしていた、ということがとても素敵だなと思います

チャールズの幼稚さとなっちゃんの過去を重ねるのは安易だけど、なっちゃんはもう超えたことなんだよね。ちゃんと自分で。だからできたんだろうね、あのチャールズが。

このお話はチャールズの精神世界で、幼稚で繊細で独りよがりで孤独で気高い少年性から成り立っていて、それが世界の存在を受け容れるってことだと思うんだけど。
彼の中でのお兄さんの存在がどれだけ大きかったか、ということを考えれば、ハートの王は彼で当然なんですよね。

他の登場人物もまた、象徴的だよね。
すごく象徴的というかうまくできてるなと思ったのが、役と演者を重ねて勝手に見たときに、チャールズを導く人々がみんな先輩たちが演じてたってことだよね。藍ちゃんがあのハートのJなのすごくいいなと思った。那月にたくさんの気づきをくれた人が愛に気づかせてくれるんだよね。しかもそれが藍ちゃんがやっている役だということ。がびーんと思いました、双方に。
それでね、チャールズの心の支えになって勇気をもたらしてくれるのが帽子屋でね。
それが真斗なんだよ、同じクラスだった彼なの。

真斗が帽子屋でありながら共に歩もうスタンスなのグッときたよ…
だし、気が狂ってることを強要されて気の狂ったお茶会させられてるその束縛と理不尽さを思うとさ…真斗が演技派で良かった

ひとりひとりに言いたいこといっぱいある。嶺二はさ、嶺二はかっこいいな。これはたぶん、見ている嶺二担がつらいんだと思うけど、嶺二はかっこいいからなんかすごい、消化の仕方がすごい。あと滑舌がすごくいい。かっこいい。

以上まで、Twitterに投稿しました。
で、続きなんですけど。

嶺二はどんな想いでこの役を…と思うんですけど。演技として、だから言えたこともあるのかな。でも賢い彼はきっとそこで自分のものにしちゃうじゃないですか。わかっていてもできない部分もたくさん、たくさんあるんだろうけど、あんなに「前に進む」ことを繰り返されるならそこで、大丈夫できてるよん☆て言って欲しいんだ、嶺二には。
TLで、白うさぎが急いでいるのはハートのJの裁判に間に合うようにで、藍ちゃんの元へ手遅れにならないように走る嶺二にすごく納得する、というのをお見かけしたんですけど、そうかああああと思いました。
が、つらいので、もっとライトでいい。嶺二が気づいてないくらいがいい。
いいけどあれだね、これが仕組まれていないわけがないからまあそういうことなんだろうね……。
困ったねロストアリス。

藍ちゃんのことを言えば、すごく公明正大なところが藍ちゃんぽくあるんだけど、言外のものの存在への気づき、しかもそれが愛情であるということをチャールズに伝えることも、自分の無罪を証明するために力を貸してくれるひとたちに感謝することとかも、ああ〜藍ちゃん大きくなって…!みたいな感動があるけどこれハートのJ!藍ちゃんじゃない!でも藍ちゃんおりこうだからわかったはず…!みたいなのありますよね?
あとほんとに普段から、なっちゃんの(翔ちゃんもだけど)味方する、なっちゃんの先輩でなっちゃんにそう振る舞う藍ちゃんがほんとううううに大好きなので、それだけで泣ける…泣けるくらい大好きなんだ…いつもだけどサンキュ…色々混同してごめん…

で、チェシャ崎チェシャ丸がいやらしすぎたんですけど。まあそれは置いときます。彼の魅力には抗えないので。
蘭丸にこの役をあてがわれたことをさ、蘭丸自身はどう思うのかなと。
チェシャ猫だけ王様寄りなんですよね。実際黒崎蘭丸いちばん反発しそうなにのさ。なのに、王の孤独に添い、チャールズさえも取り込もうとする、そんな存在のチェシャ猫。
でも王は、チャールズが思っているアルバート兄さんのイメージ、理不尽で意地悪で傲慢で絶対的な印象の塊みたいなものなんだけど、そう、その実あのハートの王はチャールズでもあるわけなんですよね。ここ。ここですよ。
チャールズの利己的で横暴で冷酷な子供の我儘、それが生み出したのもまたハートの王で。
その孤独に寄り添う猫は、あの悪魔的な魅力のある黒崎蘭丸でなくてはならなかったわけですね。
弱さを肯定する悪魔。幼さへの回帰、留まりたいという想い。
そういう切り捨てて来たようなものへ誘導する役を演じる黒崎蘭丸のね、感想を聞きたいですよね。
なんともないんだろうな黒崎蘭丸ともなると。でもその甘さ、自分が否定してきたもの、自分にないものを提示させられる気持ちっていうものに、すごく興味が湧く。

すごいよねLost Alice。演者それぞれが失くしたもの持ってないもの目を背けてきたものを突きつけてくる。どんな精神修行……
で、繰り返しになるんですけどそんな中でチャールズとアルバートを演じるなっちゃんカミュ様がプライベート…というか役以外のところで距離を縮めようとしたのがすごくいい話だなと思ったんですよね。
台本を読んだってお兄ちゃんは愛故にの言動や行動だとわかるじゃないですか。なんとかチャールズと世界の接点を繋いであげたかった。カミュ様は冷徹に見せているだけでとても献身的な愛し方をなさる方なので身を挺して弟を守る兄の気持ちを理解できないわけではない。それでも舞台を降りて尚、まあ平たく言ったらごっこ遊びを続けているということ。これすごくないですか?経験を経て変わることを受け容れるカミュ様。それを誘導してるのがなっちゃんていうのがまたいーーーーーよね。

良かれと思ってしたことも、伝わらなかったらエゴで終わるんですよね。あなたのために、と思っても言われても、どうぞ自分のためになさってくださいと思いますけど、受け手にその真心が届いてはじめて成立するものってあって、だからそのための努力をする必要があったりが、往々にしてあると思うんですけど、アルバート兄さんにはそれが足りなかった。伝えたい相手に伝わる方法と言葉で伝えること。それをしないといくら想いが強くても大きくても届かないのだと、そういうの、カミュ様はどう思うんだろうね。

お話の登場人物なりの解釈を想像することはこの物語に関してはしやすいじゃないですか。でもわたしが、わたしたちが知りたいのってそれを演じた人たちの気持ちだったりするから、楽しいですよね。その楽しみ方を許して与えてくれるのがうたプリ

セシルにしてもレンにしても、享楽的なふりで現状に甘んじてやり過ごす役だったり、音也と翔ちゃんが不満や疑問を持ちつつも現状を嘆くだけで抜本的な改善を見込めるようなアクションを起こさなかったり、そういう役を通して何を思うんでしょうね。

トキヤも。その昔、自分のことで手一杯で人のことまで思いやる余裕なんてなかったトキヤ。そのトキヤがイモムシのセリフとして、ばしばしチャールズの無自覚な利己主義、我儘を指摘するんですよね。っていのがまずひとつ、他の演者と同じように自分はどう?と問いかけざるを得ないような精神主義の部分があって、尚且つこのさあ。このね?トキヤが、なっちゃんに言うんだよお…。
かつて、なっちゃんというかあれはさっちゃんなんだけど、砂月に、自己を偽るなと指摘されたトキヤが、ちゃんと自分を見つめなさい、自分をわかりなさいとなっちゃん扮するチャールズに言うというこの、萌え。萌えですよ。
そうなんですわたしはね、分析がしたいんじゃないんです。萌え語り感想文を垂れ流しているだけです。

そしてなっちゃんですよ。
なっちゃんさあ。
なっちゃんが、四ノ宮那月としてじゃなく、チャールズリドルとしてこんなにも感情を表現するというのがまず、アイドルでいてくれてありがとうって感じなんですけど。演技をする人ってすごいね。
最初に言ったように、なっちゃんはもう、いろんなものを乗り越えた四ノ宮那月なので、今日もまた生きて毎日新しい四ノ宮那月になっているので、だから何も心配いらないっていうか、人間の成長ってすごい。
少年性、脆さ、そういうものと優しさや可愛らしさは繋がりやすくて、子供でいたいと願うこととか、大人になるのが怖い気持ちとか、見なければならなかったはずのことに蓋をしてしまい込んでなかったことにしてしまうだとか、そういうなっちゃんの魅力でさえあった弱さの部分、その昇華によって今の、しなやかで強いから優しいままのなっちゃんがあると思うんだけど、この物語は残酷なまでにそれらを暴いてそして、ちゃんと進むことと、ちゃんと進めてることも教えてくれているんですよね。
Tears in loveと繋がるんですよ…言ってること同じ。この一貫性がすごい。

Lost Aliceを演る前になっちゃんはTears in loveを歌っていて、だからもう昇華された想いなんですよね。
ちゃんと1人で自分の行くべき道を見つけられた少年は、アリスではなくなり、アリスと呼ばれた自分に別れを告げて、チャールズとして大人の世界(現実)に向かって歩き出すんですよね。
自分の中にいる敵にも味方にもなる登場人物をすべて最後には味方にしてね。それでも実際には力を借りることなく、その存在の記憶だけで前へ進めるまでになる。

興味深いのは最後までそれを引き止めようとしたのがハートの王だということでね。
それはもちろん、チャールズの中のまだまだ子供でいたい尊大な幼稚さの権化がハートの王だったということもあるから当然、まだ甘えていたい自分が残っている、ということではあると思うんだけど、一方でまたアルバート兄さんがね、チャールズを結局子供扱いして甘やかしてもいたということなんですよね。大人になられたら寂しい、いつまでもかわいいチャールズでいて欲しい、でもそんなのはいけない、自分のエゴであり、チャールズのことを思えば大人になるように促さなければならない──というその葛藤を思わせるところまで、見事だなあと思いました。

今回飽くまでも役として捉えられるとか言っといて演者であるアイドル達と混同も混同してるけど、でもねー、すごく上手いよね。まいったよね。
その巧みさに引っ張られて瞬く間に終わってしまった物語でした。
あの名作にうたプリのキャラをこんなにも当てはめられて良いのかと慄く。

とても素敵でした!